TĚLOPLAN VISITS: ENOURA OBSERVATORY

TĚLOPLAN VISITS:
ENOURA OBSERVATORY

目の前に広がるのは長く壮大な水平線。

そこは昔、蜜柑畑だった。

TĔLOPLANがエディトリアル撮影を行った江之浦測候所は神奈川県小田原市江之浦の海に面して聳え立つ。江之浦測候所は現代美術作家・杉本博司によって、彼が創設した小田原文化財団の拠点、そして、アートの起源に立ち戻る場として建造された建築群である。

「どのように人間に心が発生し、人類に意識が芽生えたのか。」

杉本が追い続けるテーマは「人類の記憶の原点」であり、写真家、建築家、演出家など多岐に渡って活動するのも全て、人類の意識への探究に紐付いている。

彼はまず、時を止めて、遡る装置としてカメラを握りシャッターを切った。そして、古代人が人類の意識の芽生えを祝福するかのように、目の前にいる動物や自らの存在などを洞窟の壁に残したことを追体験する行為として、杉本も作品を生み出す。



"アートは人類の精神史上において、その時代時代の人間の最先端を提示し続けてきた。"

人類が文明を芽吹かせていく過程で、アートは神々の姿を啓示し、王達はその権威を表現した。

しかし、今、私たちが生きる現代では、人類の成長が臨界点に至り、アートはその表現の根源を見失っている。そこで、今一度、人類の意識の発生現場に立ち返り、人類の意識の由来を反芻する場所として「小田原文化財団 江之浦測候所」は設計された。

古代人が意識を持って先ず行ったのは、天空を見上げ、自らの場を確認するという作業だった。それは外界への意識の芽生えであり、アートの起源でもあった。

陽は昇り、沈む。一年が経つと再び同じ位置に太陽が出現する。

太陽の運行を見つめる行為は、やがて太陽信仰に繋がり、人類は巡り来る死と再生の節目である冬至、重要な折り返し地点である夏至、通過点である春分と秋分に重要な意味を感じるようになった。

(出典:江之浦測候所公式ガイドブック/一部引用)



測候所の名が付くその場所は、古来、人々が外界へ意識を巡らせたように、今を生きる人々が天空を測候する場所である。

季節の変化に対する気づきは人類が意識を持ち得たきっかけとなった。その「人の最も古い記憶」を現代人の脳裏に蘇らせるべく、冬至光遥拝隧道は構想された。冬至は生命の終点と新たなる起点として、世界各地の古代文明によって祀られてきた特別な1日である。この場所では、冬至の朝、相模湾から昇る陽光が70メートルの隧道を貫き、対面しておかれた巨石を照らす。

夏至光遥拝100メートルギャラリーには、夏至の朝、海から昇る太陽が数分間に渡って駆け抜ける。このギャラリーは海抜100メートル地点に100メートルに渡って聳え立つ。

昔から石のコレクターであった杉本。このギャラリーに使われる大谷石、福島県産の滝根石や江之浦周辺で取れる根府川石など、江之浦測候所では、様々な時代、そして地域から集められた沢山の石が作り出す風景を眺めることができる。

石を買うのをやめれば、日本各地の石切場で働く職人達もいなくなり、山を閉じざるを得なくなる。

杉本のその意識は、TĔLOPLANが古い織機で生地を制作したり、過去の人々の営みを補助する意図で作られたワークウェアのディテールをデザインに昇華する意識に通じる。

古い技術を新しいものづくりに生かさなければ、やがて途絶え、また価値ある人間の営みが1つずつ過去に消えゆく。過去を知り、価値ある過去の人間の営みを現代の自身の営みへと継承し続けることも人類に対する至上命題の一つなのかもしれない。

杉本が制作時に行う手法の一つに本歌取りというものがある。本歌取りとは古典を引用しつつ新作にその精髄を転化させる手法のことであり、それはキュレーションマガジンTHE PAPER vol.4のテーマである「古韵新风」とも共鳴する。

躙口(小間の出入り口)から春分秋分の陽光が日の出と共に差し込む茶室「雨聴天」もまた、千利休が作ったと伝えられる「待庵」を本歌取りした空間である。

二畳という小さな空間に、壁面の小舞(細く加工した竹を格子状に編んだもの)の窓から差し込む光の陰影の中で、見事な空間が構成されている点で、「待庵」は利休の目指した侘び茶の一つの完成形と言われる。待庵に使われた素材は、銘木でもなくあり合わせの材であり壁も質素な土壁だった。空間はそこへ訪れた人々に「貧」の美しさへの意識を見出させていたかもしれない。

杉本はこの待庵の寸法を雨聴天に一分の違いもなく写した。

そして、江之浦の土地の記憶を茶室にも取り込んだ。この土地がまだ蜜柑畑だった頃に使われていた小屋のトタン屋根を丁寧に剥がし、茶室の屋根に使用したのだ。それらはもし、現代に利休が生きていたら使っていたであろう素材である。天から降り注ぐ雨の音がトタンに響くことから、彼はこの茶室を「雨聴天」と名付けた。

他にも、江之浦測候所には日本の伝統的な建築様式や工法が取り入れられており、日本建築史を通観できるようになっている。

先ずは遺跡を作りたかったと語る杉本。
江之浦測候所は5000年後廃墟になった姿を想像しながら建造された。

ここにあるガラスも屋根もやがては壊れてなくなるだろう。
でも大谷石の壁はここに残る。角は丸まり、蔦が張る。

過去、現代、そして、未来。

時が移ろうことへの意識もまたアートを生み出してきたのかもしれない。

未来の人類は、私たちの生きるこの現代に、この地がどのような姿をしていたのかについて、変わらぬ水平線を臨みながら思いを馳せるのだろう。




◼︎小田原文化財団 江之浦測候所
所在地:神奈川県小田原市江之浦362番地1
見学は完全予約制となります。
予約詳細は、下記ウェブサイトをご参照くださいませ。
https://www.odawara-af.com/ja/enoura/ticket/



参考:
『小田原文化財団 江之浦測候所本冊子ガイドブック』(小田原文化財団 江之浦測候所)

『江之浦測候所』(杉本博司公式ウェブサイト)
https://www.sugimotohiroshi.com/copy-of-enoura-observatoryjapanese

『江之浦測候所』(小田原文化財団公式ウェブサイト)
https://www.odawara-af.com/ja/enoura/

『江之浦測候所』(SHINSOKEN公式ウェブサイト)
https://shinsoken.jp/works/enoura-observatory/

『杉本博司 本歌取り 東下り』(渋谷区立松濤美術館公式ウェブサイト)
https://shoto-museum.jp/exhibitions/201sugimoto/

『なぜ杉本博司は、現代美術作家でありながら美術品を収集するのか』(GOETHE)
https://goetheweb.jp/person/article/20230319-hiroshi-sugimoto?heading=3

『石からの刺激を楽しんでいる―現代美術作家 杉本博司』(みんなで作る石の情報サイト ストーンサークル)
https://stone-c.net/report/1376/4