Unconscious Leaders : Asuko Kikumoto

Unconscious Leaders : Asuko Kikumoto

人間起点で技術革新を上塗りし、自然環境を蔑ろにする社会は限界を迎えている。今回話を伺った3名の女性は、マクロ視点で捉えた世界の現状と課題を自らの問題として落とし込み、足もとから一歩ずつ変革することを体現している存在だ。自然と共生し人々の繋がりが強固だった時代の文化や発想に立ち返り、周囲と未来への橋渡しを行う、無意識下のリーダーたちの思考を辿る。

オンラインでパーソナル体質改善プログラムを展開するインストラクター、Asuko Kikumoto。社会に出た当初は日常に埋もれ、自身の意識の根底に目を向けることなく、様々な摩擦と葛藤しながら過ごしていたという。しかしヨガとの出会いや25カ国ひとり旅といったフィジカルな経験を通じて、現実をしっかりと見据えながら自問自答する思考が養われ、彼女の中に「すべての出来事は自分自身の選択と責任である」という人生観がはっきりと姿を表した。常に自分が納得できる行動を選びとる柔軟かつ芯のある思考回路はコーチングにも活かされ、多くの女性たちに影響を与えている。
現在の彼女を形づくるものや、精神的な成長過程について話を伺った。

|金融機関勤務からヨガのインストラクターを経て、現在の体質改善プログラムを始めるまでの経緯をお聞かせください。

山口市から京都の大学に進学・就職し、信用金庫で4年間働きました。信金は笑顔で窓口にいれば良いという甘い認識で就職しましたが、現実は違いました。色々なお客さまがいらっしゃるし、お金を扱うためミスが絶対に許されず、常に強いストレスを感じていた。そんな時、カナダ人の友達が自宅で行うヨガ教室に通いはじめました。ヨガを始めてから精神的に落ち着いて体調も良くなったし、職場の人たちとは考え方も価値観も全く違う外国人の友達がたくさんできた。
人生に対する考え方も変わりました。「これまで仕事は休みが取れて給料さえもらえればいいと割り切っていたけど、自分はこんな生き方でいいんだろうか」と。
もっと素直に生きたいという想いが強くなってきたので、ヨガのティーチャートレーニングを受けてインストラクター資格を取得し、結婚を機に信金を辞めました。そしてかねてからの夢を叶えようと世界一周の旅に出たんです。

帰国後はヨガ・インストラクターの資格を活かして、パートをしながら自宅の小さい和室でヨガ教室を始めました。ブログや口コミで広まり、段々お客さんが増えてヨガに専念できるようになったんですが、コロナのパンデミックによって状況が一変。自分のところでコロナを発生させてはいけないという思いから、やむをえず教室をクローズしました。それにヨガのポーズをとって一時的にスッキリしてもらって終わりというレッスンにも違和感を感じていて。受講生の本質的な体調の改善に繋がっているのか疑問でした。

ひとりひとりのウェルネスをより良くするために自分ができることを考え、オンライン・ビジネスについて学び、現在の体質改善コーチングを始めました。大学で管理栄養士の勉強をしていたこともあり、元々食への関心があったので、ヨガを取り入れつつ、食事や生活習慣に重点を置いてサポートしています。

|ヨガは心身のメンテナンス効果だけでなく、ご自身の人生観まで変化させたとのことですが、具体的にどのような点に影響を受けたのでしょうか。

ヨガは「自分を取りまく出来事の全ては自分の責任にある」ということに気づかせてくれました。それまでは仕事でもプライベートでも、うまくいかないことがあると周囲のせいにして、自分の意思で選択して行動していなかった。
「全ては自分の責任」というヨガの考え方がすごく腑に落ちたんです。判断が正しい・間違っているという話ではなく、自分が何を選択するか、そこに責任を持つということです。自分の人生だし、納得する選択をしたいという想いが今も常にあります。

|ヨガを通して得た精神的自立の視点が、体質改善コーチングという包括的なアプローチに繋がっているんですね。

ヨガの知識と、独学で勉強したアーユルヴェーダなど東洋医学の知識を組み合わせて、独自のメソッドを作りました。ヨガには様々な種類があって、日本での主流はヨガのポーズをとるフィットネス要素の強いもの。でもそれだけでは根本的な体質改善は期待できない。食事、睡眠、少しの運動…総合的に生活を整えた中にヨガを取り入れていく必要があります。
試しにこのメソッドを当時体調を崩していた友人に実践してもらったところ、明らかに体調が良くなったので、もっと多くの方に提供したいとの想いから、体質改善プログラムの形式にしました。 食事と生活習慣を変えるだけで、受講生の皆さんの気持ちが驚くほど前向きになっていく。特別なことをするわけじゃなく、自分で料理して食べるだけ。シンプルなことがすごく大事なんだと、受講生の皆さんの変化を見て実感しています。
コーチングを始めてから、自分自身の経済的な自立も実現できました。これまでは夫の扶養範囲内で仕事をしていたけど、夫に何かあったら自分が家族を守るんだという意識に変わった。不可能だと思っていたことが実現できると、自信に結びつきました。自分のような成功体験を増やしたいと思い、インストラクター養成講座も実施しています。

|ひとりで25カ国を旅した動機と、旅がもたらした影響について教えてください。

もともとボリビアのウユニ塩湖へ行くという目標に向けて資金を貯めていたところに、ヨガ・インストラクターの資格取得が重なったので、信金を辞めて旅に出ました。世界一周の旅には「全て自分ひとりで計画して、自由に行動する」というコンセプトがありました。以前は誰かと連れ立って旅行していましたが、そのうち「ひとりで海外に行って、もっと現地の人と交流したい」という思いが強くなったんです。
台湾から西回りでネパール、インド、エジプト。インドには1ヶ月程滞在してほぼ毎日ヨガをしていました。その後イスラエルからヨーロッパへ行き、スペイン、フランス、チェコなどを周り、イギリスからメキシコに飛んで中南米を巡りました。ボリビアで念願のウユニ塩湖に行き、マチュピチュ、パタゴニア、そして最終目的地のチリから帰国しました。

自分の責任で行動するのは気分が良かったし、インドや中南米では現地の人との良い出会いに恵まれました。そして旅を通して「自分の思い通りに生きたい、地に足をつけて生活したい」という考えが一層強くなったんです。
これまでは自分が心から良いと思わなくても、周囲が「良い」というものが「良いもの」だと思っていた。例えば結婚式を挙げてウェディングドレスを着ることに憧れがあったんですが、旅の後はその願望がなくなったし、テレビも不要だと感じて処分しました。

|帰国後、出身地である山口へ戻られてから現在に至るまでのご家族との生活についてお伺いします。

私の実家で生活しながら夫の祖母の家をリフォームし、2016年に引越しました。家の前の畑で野菜を育てたり、養蜂もしています。周辺は住宅地ですが家の裏手は緑豊かな山で、野生動物もいます。

夫は元銀行員。彼も銀行での働き方に違和感を抱いていました。彼自身や家族にとって、理想の暮らし方はなんなのか?をしっかりと考えた結果、約12年間勤めた銀行を辞めました。

退職後に本格的にパンの勉強を始めて、自宅の納屋を改装し、釜戸のあるパン屋のスペースを作り、今年の8月にオープンしました。
国産のオーガニック小麦や地元の窯で作った塩を使う、体にやさしいパンを提供したいです。

夫の準備期間中は私の収入でなんとか生活しています。彼が家にいて子育てや家事などよくやってくれていたので、私も仕事を頑張れました。
世界一周旅行で出会ったフランス人男性は、仕事を辞めてから1年かけて自力で家を建てたと話していました。海外には仕事を辞めて好きなことに邁進したり、また学生に戻ったり、そういう生き方をしている人たちがたくさんいると知っていたから、夫をサポートできたんだと思います。

|3児を育てるワーキングマザーとしての多忙な生活の中で、大切にしていることや、仕事と家族で過ごす時間のバランスの取り方について教えてください。

家族と一緒に過ごす時間が最優先なので、それをベースに自分の体調を整えるセルフケアの時間も確保するようにしています。仕事は9時から15時までゆとりを持って取り組んで、15時以降は家や子どもたちのことをする時間と決めています。

山口の生活では「人との繋がり」と「あらゆる食べ物を感謝の気持ちでいただくこと」を大切にしています。自宅近くに住む義父母に手厚くサポートしてもらっているし、近所にはご高齢の方が多いんですが、皆さんボディガードのように子どもたちを見守ってくださったり、世話していただいたり、育てた野菜を分けてくださったり。この場所に住んでよかったと心から感じています。

|Asukoさんの今後の目標について、今後ご自身やご家族をどのように成長させていきたいとお考えですか。

子どもたちに好きなことをさせて成長を見守りながら、自分も夫も好きなことをして一緒に成長していきたいですね。子どもは親の鏡。私たちが生き生きと生活しているさまを見せたいです。

リトリート(滞在)事業にも関心があります。体質改善コーチングをトリガーに、私たちの生活に興味を持ってくれる方が多いんです。自宅の納屋の2階にスペースがあるので、しばらく滞在してもらい、パン屋だけでなく、梅干しや味噌作りの体験や寝食を共にしてもらいたい。

好きなことをする、お金を稼ぐ、自分の時間を持つ…全部を実現するのは不可能だと思っていました。でも最近、バランスよく並走することは可能だと思っていて、夫婦でこの意識を共有しています。

Asuko Kikumoto /
山口県出身。1987年生まれ。京都の大学へ進学し、金融機関に就職。ストレスが多い生活を送っていた会社員時代に強く自分自身の生き方について考え始め、ヨガのティーチャートレーニングに挑戦。修了後世界一周の旅を実現する。帰国後、結婚を機に故郷である山口に拠点を移す。現在は出産を複数回経験したことで、体調の変化があったことなどが起点となり、体質改善のコーチングに携わる。三児の母。体質改善の仕事も続けながら、8月にオープンした夫の薪窯パン菊本もサポートしている。

Asuka Ito /
1992年生まれ、山形県出身。 大学卒業後、代官山スタジオに3年間勤務。 2017年に渡英し、撮影アシスタントの傍らドキュメンタリー写真に軸をおいた作品制作を行う。ヨーロッパ、中東、オセアニアなど様々な土地へ足を運び、現地で出会った人々との対話や土地から受けた印象をもとにコンセプトを決めていくスタイルで、ポートレイトや風景を撮影したシリーズを制作。2年半の滞在ののち、渡仏。2020年に帰国し、現在は東京を拠点に活動。東京の子供、福島、母親・家族などをテーマにした作品制作を行っている。

Nami Kunisawa / Akio Kunisawa /
フリーランスで編集・執筆を行う。これまでに「Whitelies Magazine」(ベルリン)、「Replica Man Magazine」(ロンドン)、「Port Magazine」(ロンドン)、TOKION(東京)等で、アート、ファッション、音楽、映画、写真、建築等に関する記事に携わる。

Photography:Asuka Ito
Text : Nami Kunisawa
Interview : Akio Kunisawa